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L'Arc~en~Ciel
メンバー
hyde(ハイド)Vocal, Chorus, Guitar (和歌山県和歌山市出身 1969年1月29日生)
ken(ケン)Guitar, Chorus (滋賀県米原市出身 1968年11月28日生)
tetsu(テツ)Bass, Chorus(リーダー) (滋賀県米原市出身 1969年10月3日生)
yukihiro(ユキヒロ)Drums (千葉県市川市出身 1968年11月24日生)

元メンバー
hiro(ヒロ)Guitar - 1992年6月12日脱退
pero(ペロ)Drums - 1992年12月30日脱退
sakura(サクラ)Drums (東京都練馬区出身 1969年11月20日生) - 1997年11月4日脱退

概要
1991年2月頃、大阪でtetsuを中心に結成される。グループ名の「L'Arc~en~Ciel」はフランス語では「ラルカンスィエル」「ラフカンスィエル」[lar.kɑ̃.sjɛl]と発音し、「虹」という意味(英語直訳は「the arch in (the) sky」、日本語直訳は「空中のアーチ」)。インディーズ時代は関西を拠点に活動。名前の由来は阪急梅田駅前にあった喫茶店(現在は大丸梅田店の中にある)の名前をtetsuが気に入り、そこから取ったという説が有力である。ファーストライブでは対バン形式ながらも異例の150人を動員した。その後はメンバーチェンジなどもあったが、1993年には1stアルバム『DUNE』を発売しオリコンインディーズアルバムチャートで1位を獲得。インディーズでの人気を不動のものとし、1994年メジャーデビュー。デビューがほぼ同じ時期でジャンル的にも似通っていることなどからよくGLAYと比較されることもあり、両バンドの全盛期は「ラルクファン vs GLAYファン」の構図が見られたこともある。

メンバーの一人一人が持つ高い演奏技術や楽曲センス、hydeの書く幻想的な詞などがラルク人気の一つとなっており、特に詞は活動初期の「比喩に比喩を重ねた詞」と形容されるほど独特な表現をしている。また、カップリング曲をアルバムに収録しないのも有名で、シングル『DIVE TO BLUE』までは「表題曲+カップリング曲(+カラオケバージョン)」という形態で発売していたが、1998年のシングル3枚同時発売からあまりその形態にこだわらなくなり、2003年には企画盤のベストアルバムとして『The Best of L'Arc~en~Ciel c/w』が発売、一部のファンからは批判も出た。

バンドとしては昔から「いつ解散するか分からない」という空気を醸し出しており、メンバー間の関係も「プライベートではあまり会わない」「携帯電話の番号を知らない」など、「仲が良い」というイメージよりは「あまり仲は良くない」というイメージの方が強く、それも上記の理由の一つとして当てはまるものと思われる。しかしリーダーのtetsuは、アルバム「AWAKE」制作終了時に「俺はラルクを家族と一緒で切れないものだと思ってる」と発言し、メンバーの絆の深さを感じさせる言葉も言っている。

1994年にビデオシングル『眠りによせて』でメジャーデビュー。インディーズ時代からの元来のファンも多かったが、以来ライブ活動を中心に着実にファンを増やし、1995年には初の日本武道館でのコンサートを行い、1996年発売のアルバム『True』がデビュー後初のオリコン1位を獲得。『True』はその後発売6週目でミリオンセラーに輝くなどラルク人気は過熱しはじめ、ヒット街道を驀進するものと思われたが、1997年2月にドラマーであるsakuraが逮捕され活動を完全に休止してしまう。

同年10月、sakura事件の後の長い休止から復活し、直後発売したシングル『虹』は当時のラルク史上第1位のヒット(当時の自己最高初動・最高売り上げを共に更新)を記録。12月23日に東京ドームで行われた復活コンサート「1997 REINCARNATION」では公演チケットが当時最速の4分で完売と、邦楽業界の第一線へと華々しい復帰を飾る。翌1998年にはアルバム『HEART』の初動ミリオンヒットから幕を開け、シングル『HONEY』『花葬』『浸食 ~lose control~』の3枚同時、シングル『snow drop』『forbidden lover』の2枚2週連続、1999年にもアルバム『ark』『ray』の2枚同時発売で話題をさらうなどで数々の大ヒットを飛ばし、同時期にヒットを飛ばしたGLAYと共に'90年代後期J-POPシーンのトップを走り続けた。

2001年、シングル『Spirit dreams inside -another dream-」を発売した後に各自がソロ活動などに入り、実質的な活動休止状態になる。一部では解散説も流れ「もうラルクとしての活動は無いんじゃないか」と思われていたが、2003年に行われたライブ「Shibuya Seven days 2003」で大々的な復活を果たし、最終日には2004年3月のアルバム(SMILE)発売発表で解散説を一蹴。翌年2月4日にシングル『READY STEADY GO』を発売し完全復活。翌年からはシングル・アルバムの発売やコンサートツアーを行うなどメインでラルクとしての活動を行いつつ各自がソロ活動をしていたが、2005年9月に行われた「ASIALIVE 2005」の後にラルクの活動は再び休止され、各メンバーのソロ活動が行われていた。

2006年、バンド結成15周年を記念し「L'Anniversary」と題した企画を行い、過去に発売された8cmシングルの12cm化再発や『ark』, 『ray』のDVD付き再発盤「15th Anniversary Expanded Edition」を発売。11月25・26日には「L'Arc~en~Ciel 15th L'Anniversary Live」と題し東京ドームで2日間の公演を行った。同日にHP上で、2007年春にシングルリリース、2007年6月~8月にかけて九年ぶりのホールツアーを行うことを発表した。


来歴
1991年
2月、大阪で結成。結成当初のメンバーはtetsuを中心にhyde(当時hide)、hiro、peroの4人。
4月18日、YANTA鹿鳴館で上記の4人による謎のセッション・バンドとしてライヴを行う。
5月30日、難波ロケッツ(大阪での活動拠点となったライブハウス)でL'Arc~en~Ciel名義での初ライブを行う。
8月31日、市川CLUB GIOで関東初ライブを行う。
1992年
6月12日、hiroが脱退。後任としてkenが加入する。
10月1日、コロムビアから発売されたオムニバスアルバム『GIMMICK』に『Voice』が収録される。
11月25日、ラルク初の単独音源であるシングル『Floods of tears/夜想花』を発売し、限定1000枚が予約だけで完売する。
12月30日に行われた大阪ミューズホールでのライブでperoが脱退。
1993年
peroの後任に元The HAREM Qのsakuraが加入。
4月10日、Danger Crue Recordsからインディーズでアルバム『DUNE』の限定版を発売。4月27日に通常版を発売。
5月31日付けのオリコンインディーズアルバムチャートで『DUNE』が1位を獲得。
6月14日~7月3日、コンサートツアー「Close by DUNE」を開催。8月1日には日清パワーステーションで最終公演「Close by DUNE FINAL」を開催する。
11月9日~12月20日、コンサートツアー「FEEL OF DUNE」を開催。
1994年
4月3日~4月15日、インディーズ時代最後のコンサートツアー「ノスタルジーの予感」を開催。
7月1日、VHSビデオシングル『眠りによせて』でKi/oon Sony Records(現Ki/oon Records)からメジャーデビュー。
7月14日、2ndアルバム『Tierra』発売。
7月14日~8月27日、メジャーデビュー後初のコンサートツアー「Sense of time '94」を開催。
10月21日、1stシングル『Blurry Eyes』発売。
12月1日、公式ファンクラブ「Ciel(シエル)」の入会受付を開始する。
1995年
2月1日、「Ciel」正式発会。これを受けて1月24日~2月4日に発足記念ライブ「Ciel/winter '95」を開催する。
5月21日~6月27日、コンサートツアー「in CLUB '95」を開催。
7月6日、2ndシングル『Vivid Colors』発売。
7月30日、渋谷公会堂で「Rendez-bous前夜祭」を行う。
8月22日、イベント「彩の国秩父ミューズコンサート'95 NACK5 GO-ROCK」に黒夢、THE YELLOW MONKEYなどと共に参加。
8月24日~8月31日、全国を回るキャンペーンイベント「Rendez-bous 1995 Summer」を行う。
9月1日、3rdアルバム『heavenly』発売。
9月9日~10月4日、コンサートツアー「TOUR heavenry '95」開催。
10月3日からNACK5の番組「MIDNIGHT ROCK CITY」火曜パーソナリティを務める(1996年3月26日まで)。
10月21日、3rdシングル『夏の憂鬱 [time to say good-bye]』発売。
12月27日、「TOUR heavenry '95」の最終公演として、初の日本武道館ライブ「TOUR heavenry '95 final」開催。
1996年
4月3日~5月29日、コンサートツアー「Kiss me deadly heavenly '96」を開催。5月26日にはそれを挟み東京ベイNKホールで「Kiss me deadly heavenly '96 REVENGE」を開催。
7月8日、4thシングル『風にきえないで』発売。
8月26日~9月4日、コンサートツアー「BIG CITY NIGHTS ROUND AROUND '96」を開催。
10月7日からTBSラジオで「ボンジュールL'Arc~en~Ciel」開始(1997年3月11日まで)。
10月17日、5thシングル『flower』発売。
11月21日、6thシングル『Lies and Truth』発売。
12月12日、4thアルバム『True』発売。初のオリコン1位とミリオンセラーを記録する。
12月23日~(1997年)1月29日、コンサートツアー「TOUR '96~'97 Carnival of True」開催。sakura在籍時最後のコンサートツアーとなる。
1997年
2月24日、sakuraが覚せい剤取締法違反の現行犯で逮捕される(sakura逮捕時の流れや概要参照)。逮捕後も3人での活動はしていたが事実上活動中止となる。
10月17日、7thシングル『虹』発売。サポートドラムとして元DIE IN CRIESのyukihiroが参加。
11月4日付けでsakuraが脱退を発表。
12月23日、初の東京ドームライブ「1997 REINCARNATION」開催。
1998年
1月1日付けでyukihiroが正式なメンバーとして加入。
1月28日、8thシングル『winter fall』発売。2月9日付オリコンシングルチャートでシングル初の1位を獲得する。
2月25日、5thアルバム『HEART』発売。
3月25日、シングル『DIVE TO BLUE』発売。
5月1日~7月21日と9月3日~10月21日の前後半に分け、コンサートツアー「Tour'98 ハートに火をつけろ!」を開催。ラルク史上最長となる45都市56公演を行う。
7月8日、10thシングル『浸食 ~lose control~』、11thシングル『HONEY』、12thシングル『花葬』を同時発売。同一アーティストが売り上げた最多初動セールスを記録。『HONEY』『花葬』がミリオンセラーを突破し、その中でも『HONEY』は自身最高のセールスを記録した(122.4万枚)。
10月5日からニッポン放送で「OH!DAIBA TO BLUE」開始。
10月7日、13thシングル『snow drop』発売。3作目のミリオンを記録。
10月14日、14thシングル『forbidden lover』発売。
11月21日、全日本有線放送大賞を受賞。
12月4日、日本有線大賞最多リクエスト歌手賞、日本有線大賞を受賞。
12月31日、第40回日本レコード大賞優秀作品賞を獲得。同時に『HONEY』で紅白歌合戦に初出場。
1999年
3月、第37回ゴールデン・アロー賞音楽賞、グランプリ受賞。
4月3日、「OH!DAIBA TO BLUE」リニューアルスタート(同年6月終了)。
4月18日~7月4日、テレビ朝日系「稲妻!ロンドンハーツ」のエンディングで楽曲を演奏するコーナーに出演。
4月21日、15thシングル『HEAVEN'S DRIVE』発売。ノンタイアップながら4作目のミリオンを記録。
6月2日、16thシングル『Pieces』発売。
7月1日、6thアルバム『ark』、7thアルバム『ray』を同時発売。両方がダブルミリオンを超える売り上げを記録。同時に8月31日までの62日間期間限定サイト「arkray.com」を展開。
7月17日~8月21日、野外ライブツアー「1999 GRAND CROSS TOUR」を開催。東京公演では10万人を超える観客を2日間に渡って動員する。
8月11日、17thシングル『Driver's High』発売。
10月4日からTOKYO FM系「やまだひさしのラジアンリミテッド」内で「FLYING~L'Arc~ATTACK」開始。
10月27日、18thシングル『LOVE FLIES』発売。
12月7日、1999年度ベストドレッサー賞受賞。
12月31日、『HEAVEN'S DRIVE』で2度目の紅白出場。そのリハーサルや出演と平行し初のカウントダウンライブ「RESET>>>*000」を開催。
2000年
公式ファンクラブの名称が「LE-CIEL(ルゥ シエル)」に改名される。
1月19日、19thシングル『NEO UNIVERSE/finale』発売。5作目のミリオンを記録。現時点でこのシングルがラルクのラストミリオンセラーシングルとなっている。
6月28日、yukihiroプロデュースのリミックスアルバム『ectomorphed works』発売。
7月19日、20thシングル『STAY AWAY』発売。
8月30日、8thアルバム『REAL』発売。
10月8日~10月27日、ライブハウスツアー「CLUB CIRCUIT 2000 REALIVE」を開催。
11月4日~12月6日、初のドームツアー「TOUR 2000 REAL」を開催。東京ドーム4公演のうち12月5日公演はYahoo! JAPAN内の「Yahoo!ブロードキャスト」で、12月6日公演はSKY PerfecTV!のペイ・パー・ビューチャンネルで4人それぞれ+全員のアングルがCh別に分けられ生放送された。
12月31日、『STAY AWAY』で3回目の紅白出場。
2001年
3月14日、Yahoo! JAPANとのジョイント企画で初のベストアルバム『Clicked Singles Best 13』発売。
9月5日、21stシングル『Spirit dreams inside -another dream-』発売。発売後に活動休止状態に入り、その間は各個人がソロ活動を行う(hydeはHYDE名義、kenはSONS OF ALL PUSSYS(サンズ・オブ・オール・プッシーズ)として、tetsuはTETSU69(テツ・シックスティーナイン)名義、yukihiroはacid android(アシッドアンドロイド)として活動)。
2002年
3月、「FLYING~L'Arc~ATTACK」レギュラー放送終了。
2003年
3月19日、企画盤ベストアルバム『The Best of L'Arc~en~Ciel』を3枚同時に発売。
6月28日~7月6日、国立代々木競技場第一体育館での7Daysコンサート「Shibuya Seven days 2003」開催。最終日はNTTドコモのFOMAを用いた世界初のライブ映像ストリーミング配信を行った。
12月26日、日本武道館で行われたマーヴェリック・ディー・シー主催のイベント「天嘉 弐 -DANGER II-」にスペシャルゲストとして参加。
2004年
2月4日、22ndシングル『READY STEADY GO』発売。2年7ヶ月振りに本格的な活動を開始する。
3月3日、23rdシングル『瞳の住人』発売。
3月31日、9thアルバム『SMILE』発売。
5月11日~6月27日、コンサートツアー「SMILE TOUR 2004」を開催。ラルク名義での全国ツアーは3年6ヶ月振りとなる。
6月2日、24thシングル『自由への招待』発売。
7月24・25日、大阪ドームと横浜国際総合競技場で行われたロックフェスティバル「THE ROCK ODYSSEY 2004」に出演。
7月30日、米メリーランド州ボルチモアで行われたアニメコンベンション「OTAKON 2004」の一環で、初の海外でのコンサート「Live in USA」を行う。
12月19日、大阪城ホールで行われた「鋼の錬金術師FESTIVAL」にシークレットゲストとして参加。
12月25日、「天嘉 参 -DANGER III-」にスペシャルゲストとして参加。
12月26日、国立代々木競技場第一体育館で行われた「鋼の錬金術師FESTIVAL」にシークレットゲストとして参加。
2005年
1月13日、25thシングル『Killing Me』発売。
4月6日、26thシングル『New World』発売。
5月18日、27thシングル『叙情詩』発売。
6月22日、10thアルバム『AWAKE』発売。オリジナルアルバムでは『REAL』以来4年10ヶ月ぶりのオリコン1位を獲得。
7月20日、28thシングル『Link』発売。
7月22日、東京国際フォーラムで行われた「『劇場版 鋼の錬金術師 シャンバラを征く者』前夜祭」にゲストとして参加。
7月29日、大阪城西の丸庭園で行われたイベント「MBS ANIME FES.'05」にシークレットゲストとして参加。
8月6日~8月31日、コンサートツアー「AWAKE TOUR 2005」開催。
9月3日~9月25日、初のアジア地域(韓国、中国)を回るコンサートツアー「ASIALIVE 2005」を開催。
10月5日、HYDEがシングル『COUNTDOWN』を発売し、2006年9月まで再びソロ活動に入る。
12月25日、tetsuが元DEAD ENDのボーカルMORRIEのソロプロジェクト、「Creature Creature」に参加することを発表。
2006年
8月30日、1st~14thシングルを12cmシングルとして再販。同時に未発売シングル『the Fourth Avenue Cafe』発売。
11月25日・26日、東京ドームで結成15周年記念ライブ「L'Arc~en~Ciel 15th L'Anniversary Live」を開催。
12月13日、1999年に発売されたアルバム『ark』『ray』にDVDを付属した『15th Anniversary Expented Edition』発売。

sakura逮捕時の流れや概要
1997年2月24日
sakuraが覚醒剤取締法違反で現行犯逮捕される
1997年2月27日
裁判所から逮捕の事実の連絡が事務所へ行き渡り、メンバー緊急ミーティングを行う(sakuraは立川署にて身柄を拘束、接見禁止)以後3月11日の読売新聞朝刊で事件の報道がされるまで何度もミーティングが行われる
1997年3月11日
読売新聞朝刊で今回の事件が報道され、以後他の夕刊やスポーツ紙などでも事件の報道をされる
1997年3月29日
前日にsakuraが仮釈放になったのを受け事件後初の4人でのメンバーミーティングを行う
1997年4月17日
東京地裁八王子支部でsakuraの第一回公判が行われる
1997年4月18日
バンドからオフィシャルファンクラブ「Ciel(現LE-CIEL)」並びマスコミやスタッフなどに今回の事件に関してコメントが発表される
1997年4月27日
この日以降の各音楽雑誌に18日発表のコメントが掲載される
1997年5月1日
sakuraに懲役2年、執行猶予3年という判決が言い渡される
1997年10月17日
シングル『虹』を発売し活動再開 サポートドラマーとしてyukihiroが参加
1997年11月4日
sakuraが正式にラルクを脱退(脱退理由は「音楽性の違いのため」となっている)
1998年1月1日
同日付でyukihiroがラルクのドラマーとして加入

事件を受けての活動の自粛等
3月26日に発売予定だったシングル『the Fourth Avenue Cafe』発売中止
同曲はフジテレビ系アニメ「るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-」のEDテーマだったが、以前のEDテーマであるT.M.Revolutionの「HEART OF SWORD~夜明け前~」に差し替えられる(ビデオ版では1クール使用)
旧譜の出荷停止(4月21日に解除する)
TBS系ラジオ「ボンジュールL'Arc~en~Ciel」が3月11日を以て放送終了
4月に予定されていたファンクラブツアー「ハワイ・アン・シエル」中止(1998年3月31日~4月6日に行われる)
夏前発売予定だったニューシングルのレコーディング延期
夏の野外ライブイベント(フジ・ロック・フェスティバル)出演中止
各音楽雑誌でメンバーが行っていた連載等が休止

ラルクと「ヴィジュアル系」
1999年4月19日、NHKの音楽番組「ポップジャム」の5月1日放送分収録中tetsuが2曲演奏する所を1曲でやめるという事態が起こる。事の発端はお笑いコンビ爆笑問題の太田光がラルクのメンバーに対し「ヴィジュアル系」と言った事から。直後演奏した『HEAVEN'S DRIVE』ではtetsuが本来やるはずのコーラスをやらず、演奏後ベースをぞんざいに扱いステージから捌けていった。この事件は一部で「ポップジャム事件」と呼ばれている。因みに演奏予定だったもう一曲もその後できちんと演奏している。

この事件を2004年出版のtetsuへのインタビュー本「哲学。」の中でtetsuは「楽器をぞんざいに扱いキレてそのまま帰ったというのは間違いである」とし、実際は「NHKとラルクのメンバーおよびラルク側のスタッフが話し合った結果このまま収録を続行することができないという結論に達したため、スタッフ等に挨拶をし次の仕事へ向かった」という内容のことを語っている。

実際ラルクのメンバーでhydeやkenなどは「ヴィジュアル系と言われるのは仕方が無い」と語っているが、tetsuは「楽曲をきちんと聴いてもらっていない証拠」と、これを頑なに否定している。ただ初期のラルクでのtetsu始めメンバーを見るとヴィジュアル系の様を呈しているため、その発言に対する批判は多い。

ただラルクの活動の様子を考えると一般に「ヴィジュアル系」との定義となるハードメイクをメンバー全員がしていたのはインディーズ時代~バンド活動中期までで、メジャーデビューを境にどんどんナチュラルメイク化が進行し、『flower』になるとメンバー全員が普通の格好をしているのが分かる。現在のようになったのは1998年頃からである。

余談ではあるが、ポップジャム事件については太田がバンド名紹介でをラルク・アン・「シェル」と呼称したことも原因となった可能性がある。本来はフランス語のCiel(天)であり日本語にするとスィエルという発音が近いが、シェルと発音すると英語のShell(貝殻)に近くなり、確かに意味が違ってしまうためラルクはこの発音を嫌っている。なお、この事件の後に放送されたHEY!HEY!HEY!MUSIC CHAMPスペシャルで「本当はスィエルだけど、ダウンタウンだけはシェルと呼んでいいです」とラルクが公認し盛り上がる映像が再放送されている。

この件については1999年に放送されたNHK紅白歌合戦で、司会を務めた中村勘九郎が放送では「ラルク・アン・シエル」と紹介したものの、年明けにゲスト出演したアッコにおまかせにて「フランス語では『シェル』なんだよね」と発言。また、明らかにメンバーが顔合わせ、本番とやる気を見せなかったことに腹を立てたのか(カウントダウンライブと同時進行だったためリハーサルもキャンセルした)「出る気がない人を無理矢理出しちゃダメだよね」と嫌味とも取れる発言をしている。

ちなみに、実際のフランス語発音としては「Ciel」の発音の問題よりも、「L'Arc-en」を「ラルク・アン」と発音や表記する方に違和感がある。日本語表記となるとある程度限界があり仕方ないが、前記のように言っている以上フランス語発音からかけ離れているため、「Ciel」は「シエル」「スィエル」のどっちを言おうと些細な問題(フランス人のネイティブ発音には聞こえない)であると言える。


パートチェンジバンド
ラルクはバンド内の遊びも兼ねてシングルのc/wにパートチェンジバンドを入れることがある。sakuraがメンバーの頃にはD'Ark~en~Ciel(ダーク・アン・シエル、略称:ダーク)やKIOTO(キオト)があったが、現在では現メンバーでのP'UNK~EN~CIEL(パンク・アン・シエル、略称:パンク)がある。

D'Ark~en~Cielは全てオリジナル曲のバンド。『the Fourth Avenue Cafe』参照。
KIOTOはTOKIOのコピーバンドで、「LOVE YOU ONLY」をカバーしていた。ちなみにこれはTOKIOのリーダー城島茂公認。バンドの詳細は謎に包まれている、という設定である。
P'UNK~は過去のラルクの曲をハードロック調にカバーするバンド。詳しくはP'UNK~EN~CIELを参照。
また、「Shibuya Seven days 2003」では「trick」の、「AWAKE TOUR 2005」では「STAY AWAY」(formation A/Bの2パターン)のパートチェンジバージョンを披露している。


作品
詳細はL'Arc~en~Cielのディスコグラフィを参照

タイアップ
曲名 タイアップ オンエア等期間 備考 収録作品
Blurry Eyes 日本テレビ系アニメ『D・N・A² ~何処かで失くしたあいつのアイツ~』オープニングテーマ 1994年10月7日~12月23日 1stシングル『Blurry Eyes』
Vivid Colors 日本テレビ系「ぐるぐるナインティナイン」エンディングテーマ 1995年7月2日~9月24日 2ndシングル『Vivid Colors』
Brilliant Years 日本テレビ系「しんドラ」エンディングテーマ 1995年4月11日~6月27日 2ndシングル『Vivid Colors』c/w
夏の憂鬱 [time to say good-bye] TBS系「M-Navi」エンディングテーマ 1995年10月6日~11月24日 3rdシングル『夏の憂鬱 [time to say good-bye]』
風にきえないで フジテレビ系「猛烈アジア太郎」エンディングテーマ 1996年7月1日~7月31日 4thシングル『風にきえないで』
風にきえないで 日本テレビ系「ミュージックパーク」エンディングテーマ 1996年8月1日~8月31日 4thシングル『風にきえないで』
flower フジテレビ系「プロ野球ニュース」テーマソング 1996年10月1日~1997年3月10日 5thシングル『flower』
Lies and Truth テレビ東京系「タワーカウントダウン」テーマソング 1996年12月2日~12月30日 6thシングル『Lies and Truth』
the Fourth Avenue Cafe フジテレビ系アニメ『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』エンディングテーマ 1997年2月12日~3月5日 シングル『the Fourth Avenue Cafe』
虹 映画『劇場版 るろうに剣心~維新志士への鎮魂歌~』オープニングテーマ 1997年12月20日~1998年1月31日 7thシングル『虹』
winter fall テレビ朝日系ドラマ『シカゴホープ2』イメージソング 1998年1月14日~3月11日 8thシングル『winter fall』
Shout at the Devil ダイハツ工業「ムーヴエアロダウンカスタムXX」CMソング 1998年5月6日~9月30日 5thアルバム『HEART』
milky way TBS系「ワンダフル」テーマソング 1998年3月2日~3月30日 5thアルバム『HEART』
DIVE TO BLUE NTTパーソナル関西 CMソング 1998年6月6日~9月30日 本人出演 9thシングル『DIVE TO BLUE』
DIVE TO BLUE TBS系「特捜!芸能ポリスくん」エンディングテーマ 1998年4月8日~9月16日 9thシングル『DIVE TO BLUE』
浸食 ~lose control~ 映画『GODZILLA』挿入歌 1998年7月11日~9月4日 10thシングル『浸食 ~lose control~』
HONEY TBS系「スーパーサッカー」テーマソング 1998年5月2日~9月30日 11thシングル『HONEY』
HONEY NTTパーソナル関西 CMソング 1998年6月6日~9月30日 11thシングル『HONEY』
花葬 テレビ朝日系「真相究明! 噂のファイル」エンディングテーマ 1998年7月4日~9月12日 12thシングル『花葬』
snow drop フジテレビ系ドラマ『走れ公務員! POLICE WOMAN』テーマソング 1998年10月13日~12月22日 13thシングル『snow drop』
forbidden lover 日本テレビ系「知ってるつもり?!」テーマソング 1998年10月11日~1999年3月21日 14thシングル『forbidden lover』
What is love TBS系「エクスプレス」テーマソング 1999年3月29日~2000年9月29日 6thアルバム『ark』
It's the end プレイステーション用ソフト『グランディア』CMイメージソング 1999年6月19日~7月4日 7thアルバム『ray』
Pieces SOTEC「e-one」CMソング 1999年7月24日~9月30日 16thシングル『Pieces』
Driver's High フジテレビ系アニメ『GTO』オープニングテーマ 1999年6月30日~12月19日 17thシングル『Driver's High』
LOVE FLIES キヤノン「Wonder BJ」CMソング 1999年10月25日~12月5日 本人出演 18thシングル『LOVE FLIES』
LOVE FLIES テレビ朝日系 サタデードラマ『青い鳥症候群』主題歌 1999年10月16日~12月11日 18thシングル『LOVE FLIES』
いばらの涙 テレビ朝日系ドラマ『青い鳥症候群』テーマソング 1999年10月16日~12月11日 7thアルバム『ray』
trick (new wave of japanese heavy metal mix) ツーカーセルラー東京・東海「Ez-web 誕生キャンペーン」CMイメージソング 1999年11月20日~12月12日 19thシングル『NEO UNIVERSE/finale』c/w
NEO UNIVERSE 資生堂「ピエヌ」CMソング 2000年1月1日~3月20日 19thシングル『NEO UNIVERSE/finale』
finale 映画『リング0 バースデイ』主題歌 2000年1月22日~? 19thシングル『NEO UNIVERSE/finale』
finale キヤノン「Wonder BJ」CMソング 2000年3月16日~9月30日 本人出演 19thシングル『NEO UNIVERSE/finale』
hole 映画『リング0 バースデイ』挿入歌 2000年1月22日~? 19thシングル『NEO UNIVERSE/finale』c/w
STAY AWAY 資生堂「ピエヌ」CMソング 2000年6月1日~? 20thシングル『STAY AWAY』
get out from the shell -asian version- トヨタ自動車 アジア地区CMイメージソング 8thアルバム『REAL』
Spirit dreams inside 映画『FINAL FANTASY』エンディングテーマ 2001年8月29日~? 21stシングル『Spirit dreams inside -another dream-』c/w
READY STEADY GO MBS・TBS系アニメ『鋼の錬金術師』オープニングテーマ 2004年1月10日~3月27日 22ndシングル『READY STEADY GO』
瞳の住人 エクシング「ポケメロJOYSOUND」CMソング 2004年2月25日~? 本人出演 23rdシングル『瞳の住人』
接吻 エクシング「ポケメロJOYSOUND」CMソング 2004年3月20日~? 9thアルバム『SMILE』
自由への招待 ダイハツ工業「ムーヴカスタムRS Vセレクション」CMソング 2004年5月12日~12月31日 24thシングル『自由への招待』
Killing Me テレビ朝日系「Matthew's Best Hit TV」エンディングテーマ 2005年1月5日~3月31日 25thシングル『Killing Me』
New World 日本テレビ系プロ野球中継「1球の緊張感 THE LIVE 2005」テーマソング 2005年4月1日~7月23日 26thシングル『New World』
叙情詩 日本テレビ系「スーパーテレビ情報最前線」エンディングテーマ 2005年4月11日~6月27日 27thシングル『叙情詩』
AS ONE GyaO「サッカープレミアム」イメージソング 2005年6月1日~6月7日 10thアルバム『AWAKE』
Link 映画『劇場版 鋼の錬金術師 シャンバラを征く者』オープニングテーマ 2005年7月23日~10月2日 28thシングル『Link』
Link エクシング「ポケメロJOYSOUND」CMソング 2005年7月1日~9月30日 本人出演 28thシングル『Link』
LOST HEAVEN 映画『劇場版 鋼の錬金術師 シャンバラを征く者』エンディングテーマ 2005年7月23日~10月2日 10thアルバム『AWAKE』


CM出演
NTTパーソナル関西(1998年)
サントリー BOSS(1998年)
キヤノン Wonder BJ(1999年~2000年)
エクシング ポケメロJOYSOUND(2004年、2005年)

楽曲の仮タイトル
ラルクの楽曲の仮タイトルにはユニークなものがある。しかし大抵は作曲者の名前+数字が多い。

仮タイトル 正式タイトル 仮タイトルの由来
Claustrophobia Shutting from the sky 初期の頃はこのタイトルだった
イリーゼ Entichers 初期の頃はこのタイトルだった
CALL FOR ME Dune 初期の頃はこのタイトルだった
Call To Mind 追憶の情景 初期の頃はこのタイトルだった
ずうとるび and She Said
In to the silence ガラス玉
いい日旅立ち 夏の憂鬱
記憶の破片 Cureless 初期の頃はこのタイトルだった
Burning The Rain Leaves a Scar
too glare あなたのために 初期の頃はこのタイトルだった
バレンタインの憂鬱 風にきえないで
らぢおへっど I'm so happy hydeがレディオヘッドを好んでいたため
半音上昇 賽は投げられた 曲の終盤に音が半音上がるから
案外サビが長く続くやつ Lies and Truth その名の通り
大石も安心 Fare Well 『True』の1曲目が出来ず困っていたが「これで事務所の社長大石氏を安心させられる(または大石恵)」と思い名付けた
Round Around Round and Round
太陽さんこんにちは "good-morning Hide"
ラッパ the Fourth Avenue Cafe 曲中に出てくるホーンセクションの音が引っかかったため
クリスマス I Wish ラルクの曲としては初めてクリスマスをイメージした曲だから
Larara winter fall
LORELEY LORELEY ドイツのローレライ川に由来
ペニンシュラ 虹
きしゃぼー fate 汽車がボーっと走ってくるイメージだから
お台場 milky way tetsuが気晴らしに訪れたお台場で閃いた曲だから
宇宙 あなた tetsuが新世紀エヴァンゲリオンに触発されたから
猪木ボンバイエ metropolis
ああ!香港 DIVE TO BLUE 香港返還のタイミングでできた曲だから
幽霊さん Peeping Tom
ホノルルの夕べ HONEY hydeがハワイ・アン・シエルで訪れたホノルルで書き上げたから
NeoカリダカRターボ3000Z 花葬
tetsu曲 snow drop tetsu作曲だから
ken曲 forbidden lover ken作曲だから
OVER Pieces
MISSION Butterfly's Sleep イギリスのゴシック・ロックバンドThe Missionに由来
SWEATERS Perfect Blue
JAGUAR 死の灰
S&G いばらの涙
new wave of japanese heavy metal trick
U3 the silver shining U2に由来
プーファイターズ STAY AWAY フー・ファイターズに由来
Stone Temple THE NEPENTHES ストーン・テンプル・パイロッツに由来
白いマイク bravery 作った日に白いマイクを買ったから
ルート13 ROUTE 666
カトウノリコ TIME SLIP 『REAL』レコーディングの際メンバーがアルバイトのミキサーに「好きな芸能人」を尋ねたところ「加藤紀子」と答えたから
Tamo song a silent letter この曲を作った翌日にkenが「笑っていいとも!」に出演し、作曲に使ったギターをタモリに贈ったため
hyde 1 ALL YEAR AROUND FALLING IN LOVE
ハンバーグと目玉焼き 自由への招待 レコーディング中にtetsuが食べたもの


ライブ・コンサートツアー
ラルク結成当初は客に「次はいつライブを見られるかわからない」という危機感を持たせるため、月1回以上はライブを行わなかった。結成前からhydeやtetsuにはJelsarem's Rod、Bystonwell時代からのファンがそれぞれに相当数いたため、1991年5月30日にホームグラウンドとしていた難波ロケッツで行われたファーストライブは対バンながらも150人を動員。同年9月27日に難波ロケッツで行われた初のワンマンライブでは300人以上の動員を記録し、その噂は関東まで広がり業界関係者の注目の的となった。2回目のワンマンライブからは難波ロケッツのキャパシティを超える客が集まり人気を不動のものとする。ちなみに関東にはワンマンライブ以前の1991年8月31日に市川CLUB GiOで行われたイベントに出演し、関東でのファン獲得の礎とした。「DUNE」発売の前後になると『ラルク号』と名付けられた機材車に乗って全国各地を回りファンを開拓した。

メジャーデビューを果たし、最初の全国ツアー「Sense of time '94」の東京ベイNKホール公演ではチケットがソールドアウトしないという事態が発生するが、次のツアー「in CLUB '95」からは前回のツアーでスタッフに全てを任せていたということを踏まえ、メンバー主体でのツアープラン作成を行った。これが功を奏しここからライブ動員数は増え続け、「TOUR heavenry '95」の最終日では日本武道館でライブをするまでになった。

1997年2月のsakura逮捕によって人気が下降線を辿ることが心配されたが、同年12月23日に東京ドームで行われた「L'Arc~en~Ciel 1997 REINCARNATION」では5万5千席分のチケットが約4分で完売し、当時の東京ドームのチケット完売最速記録を樹立した。

yukihiroが加入してからは「Tour'98 ハートに火をつけろ!」で56公演を展開、翌年の「1999 GRAND CROSS TOUR」の東京ビッグサイト駐車場特設ステージでの公演では2日連続で約10万人を動員する快進撃を見せた。翌2000年には10月にライブハウスツアー、11月に初の4大ドームツアーと規模の大きく違うツアーを展開した。その後各メンバーがソロ活動に突入したことから解散説が囁かれるものの、2003年の「Shibuya Seven days 2003」で国立代々木競技場第一体育館7日間ライブというラルクらしいスタイルで復活を宣言。

2004年の以降は大都市のツアーを軸にするが、2004年にアメリカのボルチモア、2005年の「ASIALIVE 2005」でソウル・上海でライブを行い海外進出を果たした。

2006年11月25日、26日に行われた「L'Arc~en~Ciel 15th L'Anniversary Live」ではオフィシャル発表によると2日間で109652人を動員した。

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